島津法樹さんのコラム
初出は「ハイハイQさんQさんデス」(http://www.9393.co.jp/)に
2004年8月から2005年11月まで連載された「損する骨董得する骨董」です。

第143回

<とぴっく10>
アジアのリッチマン ベトナム編
変化を掴み億万長者になったバンさん

 
15世紀安南染付鳳凰文香合

始めてベトナムに入ったとき
空港へ迎えに来てくれたのは女性通訳だった。
名前はバンさん、バリバリの共産党員だった。
後に邱先生の通訳もされた。

その時彼女のスーツなどは
人民服のようなダサい感じのものだった。
何しろ彼女はベトナム戦争当時ハノイ・ローズと言われた
北の謀略放送のアナウンサーだったのだ。
「アメリカの皆さん、
 あなた方がベトナムの泥沼で戦っている間に
 あなたの彼女は新しいボーイフレンドと楽しんでいますよ。
 早く帰りなさい。」
と甘い声でささやき、アメリカ兵の戦意を挫いていたそうだ。

その彼女とホーチミンやダナン、ホイヤンへと骨董探しで歩いた。
ホイヤンの日本人町とかいうところへ行ったとき、
僕は小便がしたくなった。
「どこかトイレない?」
と聞くと、学校の先生みたいな顔をして
「運河に向かってしなさい」
と命令調でいう。
ジャーッとやると別にどうということのない顔をしていた。
みんなそのように処理しているのだろう。

運河と細長い町は
きっとベトナムの重要な観光地になると確信した。
家々の柱は黒光りするチークや黒檀で出来ているし、
どこか南の郷愁を誘う佇まいは
日本人の心にフィットすると思ったからだ。
僕の頭の中にあるアイデアがわいた。

「バンさん、この辺の一角買ってきれいなトイレを作り、
 観光客から金をとったら儲かるよ!」
というと、
「ホントですか?」
と疑い深そうな顔をした。
僕の言った事を理解できないようだった。
「2,3軒この辺の家を買っておけば、
 そのうちものすごく値上がりするよ」
と言ったが、ぜんぜん彼女の頭には入らなかったようだ。
「資本主義によくある投資ですね!」
ときつい返事が返ってきた。
「あのね、バンさん、あんたも1,2年したら変わるよ。
 資本主義っていいよ。何でもできるんだから」
とからかった。

2ヵ月後に、再度ベトナムを訪ねると
バンさんはキャップを横向きに被っていた。
その3ヵ月後に行くと、花柄模様のピンクのブラウスを着ていた。
さらに1年後、ヴィトンのバックに指輪、濃い目の化粧、
完全な資本主義的服装になっていた。

                      (続く・・・・)