島津法樹さんのコラム
初出は「ハイハイQさんQさんデス」(http://www.9393.co.jp/)に
2004年8月から2005年11月まで連載された「損する骨董得する骨董」です。

第147回

骨董と人―老いれば鬱、骨董は命の薬

 
李朝白磁大壺

日々仕事を通じて比較的年配の人と接する機会が多い。
ある事業家の話。

Aさんとは35年を超える長いお付き合いだった。
素晴らしい人で、事業家としての手腕は筋金入りだった。
資産は相当なものらしい。
彼は80歳を過ぎる辺りから、少しずつ変わり始めた。
周囲のすべての出来事に対し疑心暗鬼になってしまうのだ。
又、後ろ向きなことばかり考えるようにもなった。
骨董は40年以上のキャリアがあったので
素晴らしいものを収集しているのだが、
それを楽しむどころか、持っていることが苦痛になり始めた。
自分の死後、その骨董をどのように処分してよいのか、
妻や子が途方に暮れると思ったらしい。
そこで彼は長年にわたって収集した品々を
一括してある美術館に寄贈することにした。
寄贈すると約束し、作品を送り出した後も迷いに迷った。

「あれは渡さなければ良かった、この作品は返してもらおう」
と随分悩んでいる様子だった。
さらに高じて美術館に
「半分買取をお願いできないだろうか」
とまで言うようになった。
骨董だけではなく、広大な家屋敷の処分や、
自分亡き後の奥さんの将来に対しても悩み始めた。
あらゆることに心配事を抱えるようになった。
僕から見れば本当にあほらしいことでもくどくどと悩む姿は
失礼だがこっけいでさえあった。
第三者から見れば広大な屋敷に住み、有り余る資産を抱え、
素晴らしい奥さんにサポートされ、
名声も得ているのに尚悩みを抱えているのだ。

骨董を寄贈してしまったあたりから
さらに顔つきも弱々しくなり、
すべてのことをネガティブに考えるようになった。
まるで豊臣秀吉が病床にあって
家康や三成らに秀頼を頼む様子と同じようなものだった。
心配事を次々と見つけだす。
それが仕事になってしまった。
前向きな楽しいことがAさんからはどんどん消えてしまった。
しかし僕がAさんを訪問すると
そのときだけは本当に明るい顔つきになった。
それは奥さんから幾度も聞いた。

                        (つづく・・・・・)