島津法樹さんのコラム
初出は「ハイハイQさんQさんデス」(http://www.9393.co.jp/)に
2004年8月から2005年11月まで連載された「損する骨董得する骨董」です。

第156回

骨董と人―売上2億円/日 マカオの大物

唐 灰陶加彩馬俑

香港ハリウッドロードの両側には、
大小の骨董屋がひしめいている。
通りに面した高級店には数千万もする殷、周の銅器や、
唐三彩の馬や駱駝も置いてある。
スポットを浴びて浮かび上がる品々は
チョッとした美術館のものより上かもしれない。
そして店内にはここを訪れた著名な政治家や、
財界人の写真が飾ってあったりする。
そんな高級店で仕入をしていては僕の商売は成り立たない。
昨今、この業界もかなり厳しい。
デフレが続き海外高、日本安の状態になっているからだ。
しかし、物価の高い香港での仕入でも、
大陸から直接運んでくるような店で買い付けをやると、
それなりに値打ちモノに出会うことがある。
今日もそんな店の一軒に入った。

「何か良いものないの?」と言うと、
「少し待ってくれ。今面白いものを持ってくる」
と言って、せっかちな店主はどこかへ行ってしまった。
10分程して赤いバサバサの大陸のトイレットペーパー
(水に流せないヤツ)で包んだ荷物を抱えて帰ってきた。
この紙は実に埃っぽく手に付くと身体が痒くなる。
藁を原料にしていると聞いた。
紙包みを解き終わると北斎時代の牛俑が現れた。
長い天を突く角、背中の瘤、がっしりと踏ん張った足が感動的だ。

「幾ら?」と聞くとアメリカドルで9000ドルだと言う。
高級店に並んでいればこの値段でも安いと思うが、
この店は殆どの品物が500~1000ドルくらいのものなので
「たかいなぁ~。3000でどう?」と値切った。
「牛の尻を見ろ」と言う。
覗き込むと小さなドリルで開けた
直径1ミリくらいの穴が開いていた。
さらに店主は茶封筒中から、写真つきの証明書を取り出した。
香港大学の時代鑑定の証明書で、
北斎時代(AD550~577)に掛かる1400年以前のもの
と書かれていた。

いつもは思い切り値引きしてくれるのに、
この牛はなかなか値段が下がらなかった。
1時間ばかり厳しい交渉をし、
ここが落としどころだと考えているところへ、
70歳くらいの痩せ型で背の高い男性と、
濃紺のスーツを着た若い女性の二人連れが入ってきた。

※マカオはカジノビジネスが1年で約50億米ドルといわれている。
 彼はそのカジノの経営者の一人だった。