島津法樹さんのコラム
初出は「ハイハイQさんQさんデス」(http://www.9393.co.jp/)に
2004年8月から2005年11月まで連載された「損する骨董得する骨董」です。

第184回


損する骨董-4人の億万長者 上品な貧乏神

李朝会寧窯大香炉(18-19世紀)

旧家の坊ちゃん育ちCさんは理論家だ。
「家は古くからの地主で、資産は勘定できないくらいある」
と、Aさんが僕に彼を紹介してくれた。
商売は不思議なもので、よいお客さんはよい客を紹介してくれる。

Cさんは初対面なのに、
展示している150万円の仏像を気に入ってくれた。
「12世紀のカンボジアの青銅仏です」
というとCさんは僕の説明をメモった。
「クリスティーやサザビーズではこの2,3倍の値が付きます」
と言うと
「そのカタログを見せてくれ」と言われた。
本棚からカタログを引っ張り出すと、
目的のページだけでなくその前後もしっかりと確認している。
「欲しいが、検討したいこともあるのでもって帰っていいか?」
と尋ねる。
「もちろん!」
と答えたがCさんに対して疑い深い人だなという印象を持った。

それから2,3日後
「買うことにしたのでお金を取りに来てください」
と電話が入った。
Cさんの会社に行くと
広大な敷地の中にポツンと
プレハブのような小さな事務所があった。
どこかちぐはぐな感じがする佇まいだ。
しかし内容のよい会社はこんなケースが良くあり、
Cさんの会社もそうだろうと思った。

中に入り、しばらくすると
Cさんが「こちらにおいで」と笑いながら出てきた。
奥の応接室に案内してくれたが、
ここが年代物の物凄く質素な部屋だった。
「ここに置こうと思うのだが・・・・」
といってCさんは窓近くの本棚を指差した。
「何しろ親父がうるさくて、余分な物を置くな、というのでね」
徹底的に質素に、すべての無駄を省きながら
これまでやってきたようだ。
そんなCさんはお父さんに反発しているようなところを見せつつ、
やはりその枠の中で仕事や遊びをやっているようだった。

2年で10点ほど作品を買ってもらったが、以後取引が無くなった。
Aさんから
「止めておけばいいのに、日本画がなんかを買っている」
ときいた。
お父さんが亡くなると、
しばらくしてAさんやBさんの
あまり無茶をやるなと言う忠告にも耳を貸さず、
ビルやリゾート地を買いあさった。
その頃、Aさんや、Bさんは
すでにかなり危機意識をもって
土地や美術品から手を引こうとしていた。
「Cには上品な貧乏神が付いているからね。
 あの育ちの良さに入れ込むと損するよ」
とBさんが僕に忠告してくれた。
彼らは生き馬の目を抜くようなビジネスで鍛えられた
鋭い嗅覚を持っていた。

そのCさんから日本画の処分を頼まれた。
もうどうにも手のつけられない時期だった。
しかし、代々伝わった
計算できないくらいの大きな資産があるから、
Cさんは今でもおなじようにあの事務所で仕事を続けている。