初出は「ハイハイQさんQさんデス」(http://www.9393.co.jp/)に
2004年8月から2005年11月まで連載された「損する骨董得する骨董」です。
第20回
 
男の花を背負ったインドネシア人との取引
 
 
 

世界最大のイスラム教国は

どこかと聞かれると、

アラビア半島のどこかを想像するが、

実はインドネシアなのだ。

初めてインドネシアで仕入を

していた時のこと、

スラウエシ島の

ゴールデン・マカッサルホテルの前で

サムロー(人力車)を捕まえた。

値段交渉の末、2時間で

2万ルピアというから乗った。

あっちへいけ、こっちへ行けと

言っているうちに

細い路地へ連れ込まれ

軍鶏の目みたいな感じでにらまれ、

ナイフをちらつかされて10万ルピア

出せとすごまれた。

ないというと首を切る真似をして

「ダンナ、サンタマリア」と言うのだ。

そこは逃げの一手を使い、

ホテルの前まで連れて行ってくれれば

10万ルピア払うと言ったら

律儀にもホテルの前まで

連れて帰ってくれた。

インドネシアはどこへ行っても

ホテルのガードマンは

警官のアルバイトだ。

僕が「強盗です!」と言うと

すぐサムローとの間に入って話し合い、

3万ルピアで話をつけてくれた。

こんな風にやることはやるが

後はさっぱりしている。

次に同じサムローに会った時、

向こうから明るく笑いながら

「やあこの間のダンナ、

どちらへ?」と近づいてきた。

荒っぽくって

論理的ではないけれども根がなくて、

初めのとっつき難さがはがれてくると

本当に好きになる人たちだ。

口利き屋と2人で飯を食っていた時、

「俺がおごる」と言うから

「ありがとう」と受けたら

べそをかいてレジで金を払っていた。

別れ際、バイバイと手を振ったら

思いつめた顔をして、

「ノリキ、タクシー代を

貸してくれ」と言ってきた。

全く一文も持っていなかったのだ。

それでも男を張って僕にエエカッコウ

見せるナイスガイもいる。

こんなタイプはアジアのどこにもいない。

だから僕も奢ってくれた額に

タクシー代をプラスして渡した。

「オー!マイベストフレンド

!サンキュー」

と言って強く強く手を握られた。

この微妙なところがイスラムの美学、

相互扶助の精神なのだ。

骨董屋の人たちも皆個性的で、

あれが良い、これが良いと

いろんな物を持ってくる。

こんなものがほしいとオーダーすると

一晩寝られないくらい

コンタクトしてくる。

その日も夕方から10人くらい

売込みがあった。

もうこれで終わりだろうと

時計を見ると1時を過ぎていた。

それでも枕元の電話がブーッと鳴る

こんな時間になんだろうと

取り上げてみると
「私です。」

といって知らんヤツから

電話がかかってきた。

「今何時だと思ってるんだ。」

と言うと、

「1時ですか。」と言う。

「私は11時間かけて

トラジャからあなたのために

荷物を運んできました。」

と言うからしょうがないから

来いと言うと、

待てど暮らせど現れない。

翌朝飯を食っていると、

満面に笑みを浮かべ

ビニールの袋に新聞紙で包んだ

焼き物らしきものをぶら下げて

近づいてくる男がいる。

昨夜1時に電話をかけてきたのは

彼だったのだ。

飯をかき込んで部屋に案内した。

包みを開けてみると

昨夜いろんな人が持ち込んできた

見覚えのある品物ばかりだった。

インドネシア人は思い切り

開けっぴろげで

前後の計算ができない人が多いが、

そこへ入ってしまうと意外と面白い。

イスラムとは

きっとそんな世界なのだろう。