島津法樹さんのコラム
初出は「ハイハイQさんQさんデス」(http://www.9393.co.jp/)に
2004年8月から2005年11月まで連載された「損する骨董得する骨董」です。

第169回

儲かる骨董-実行編
4、磨けよ、育て、こだわりの人
李朝初期蕎麦茶碗

S会長は「もらうよ」と言いつつ
「簡単に、簡単に」とエッサフォームでくるませ、
ポケットに入れて帰ってしまった。
プワ~ンとベンツのエンジン音がまだ耳に残っているから、
30分も経っていないだろう。
S会長の秘書がお金を届けにきた。
僕が気変わりして返せ、というのを防ぐための処置だろうか。
この茶入では30万円近く儲けさせてもらって
僕も十分幸せだったが、何か物足りないものが残っている。

それから2週間後、
S会長がサザビーズのオークションカタログを持ってやってきた。
「キミ~ィ、ここのページを見!」
と言って茶入の載ったページをコツコツと指で叩いた。
きれいな茶入(小壷)一つに仕覆(布の袋)、
挽家(茶入を入れる木の蓋物)、
外箱など様々な付属物が付いている。
エスティメーションは2万ドルとあった。
「これね、入札しようと思っている。
 挽家の寸法が買った茶入と同じだろ」
と言うので彼の魂胆がわかった。
中身を取り替えようとしているのだ。
入札は成功したみたいだった。
ついで堆朱盆や長持ちなど、
茶入にかかわる様々なものを1年ほど掛けて揃えたようだ。

ある日
「君のところでもらった茶入、立派な道具になったよ。
 あんな小壷にこれくらいの着物を着せたわ」
と言って手を大きく広げた。
「○○家の蔵番を探していたが、やっと見つかった。
 高かったよ。切手くらいの紙切れが30万もした」
と楽しそうに笑った。
「あの小壷にいくらの着物を着せたのですか?」と聞くと、
「フッ、フッ、フッ、ちょっとや」と言って答えてくれなかった。
「キミな~!お道具を作るときは
 チョットの矛盾もあったらアカンよ」
裂地、箱の時代、良い牙蓋、挽家の寸法、
物凄いエネルギーを費やしたようだ。
「実を言うと茄子の茶入は60年ほど欲しいと思っていたんだ。
 いいものが出来た」
と彼は満足気だった。

良く似た漢作茄子の茶入で徳川家康所持と言われるものがある。
この手の茶入は昔から天文学的な値段が付いている品だ。
なにより売りに出ることがない名品なのだ。
この会長は物凄い実業家なのに、
骨董屋から買い取った品を磨いたり、
時代付けをしたりして楽しみつつ、小遣いを稼いでいるらしい。
そしてなかなかの化学者でもあるのだ。
お道具は育て、磨けよ、工夫せよの世界だ。