島津法樹さんのコラム
初出は「ハイハイQさんQさんデス」(http://www.9393.co.jp/)に
2004年8月から2005年11月まで連載された「損する骨董得する骨董」です。
第71回
商品学(カンボジア編)
4. 漆器−まだ民芸品は持ち出し自由


カンボジア王朝の美術は13世紀を境に急速に衰退してゆく。
北からはベトナムの侵攻、
西からはタイの勃興による軍事的圧力に抗しきれなかった為だ。
王都もアンコールの地から
現在の首都であるプノンペンに移った。
その為アンコール・ワットやトムの巨大な石造寺院は
ジャングルの中に消えてしまい、
1860年ムオーに発見されるまで600年の永い眠りについた。

15世紀以後のポストアンコールと呼ばれる美術品の中には
木彫や砂岩に刻まれた表現力に乏しい仏像がある。
が、それらはもう評価に値しないものが多い。
しかし面白いことに
15世紀以後の人々が用いていた生活用具の中に
楽しいものが見られるようになる。
いわゆる『民芸』と呼ぶべきものである。

その中のひとつに漆作品がある。
漆というと英語ではジャパンというほど日本作品が有名で、
我々の生活の中でも良く用いられていたものだ。
しかし東南アジアでも漆は生活用品として重要な素材だった。
このような民芸的なものを吟味して
よいものを流通に乗せれば、まだまだ大きなチャンスがある。
世界に通用するビジネスになるだろう。

カンボジアで用いられている漆作品の中で
僕が面白いと思うのは様々な形をした箱だ。
がっしりと作った木箱に竹象嵌を施し、
いく層にも漆を塗って作った蒟醤の箱からは
素朴な中に細やかなカンボジアの人々の心が伝わってくる。
タイや、ミャンマーのように色漆や文様の掘り込みがない分、
どこか重厚な雰囲気も持っている。
他に公文書を入れて伝令が運ぶ細長い筒型の書簡入れがある。
どうしてこんなに複雑な編み方が出来るのだろうか
と思うほどに、糸や竹籤を複雑に編んでいる。
その上に黒や褐色の漆を施して
水が染み込まないようにしっかりと仕上げたものだ。

また楽器にも漆が用いられている。
日本の笙(ショウ)篳篥(シチリキ)と全く同じような楽器だ。
黒漆の上に金箔を張った
ライティングビューローのような物入れもある。
仏教説話のような物語から意匠をとっているのだろう、
法隆寺の玉虫厨子の雰囲気がある。

王朝文化が衰微していくと同時に
普通の人々の活発な生活息吹を感じさせる漆作品は
これからきっと注目されるだろう。
インドシアのプリミティブ・アートと同じように
カンボジアの民芸品は現代人の心を癒す力を持っている。
それに、このアイテムは
ドンドン集めて持って帰っても
誰もどこからも文句が出ないだろう。


 
   
 
漆銀竹象嵌蓋物 19世紀
 
漆象嵌細工蓋物 19世紀